済公の弟子は一般の人と同じではない

濟公之徒不一樣

Posted by M.Kawakami on 25th Jun 2022

發一崇德電子報 聖訓經典 濟公之徒不一樣

濟公活佛慈訓

 師は仏堂に来られたのがうれしく、賢い弟子に心を込めて慈しみの言葉をかけます。
 最も心配なのは、弟子が修道せず、自分の責任を負うことを忘れてしまうことです。
 最も心配なのは、弟子が辦道せず、だらしなく時間を無駄に過ごすことです。
 最も心配なのは、弟子の心が臆病で、困難を恐れて前進しないことです。
 最も心配なのは、弟子の心が揺れ動き、あれこれ心配して混乱することです。
 最も心配なのは、弟子の心が後戻りして、世間で遊び続けることです。
 最も心配なのは、弟子が考えもしないで、愚かにも人をみて修辦することです。
 最も心配なのは、弟子が自分を試し、執着によって罠にはまってしまうことです。
 最も心配なのは、弟子の心が迷って、自堕落に快楽を貪ってしまうことです。
 どうして苦労のない修辦があるでしょうか?
 どうして順風満帆な修辦があるでしょうか?
 試練を勇敢に受け止めれば、真の済公の賢い弟子です。
 済公の弟子は一般の人とは違います。自分に義勇を増すことを期待しています。
 三千六百の聖と四万八千の賢には皆割り当てがあります。
 弟子は道心は堅いですか?
 弟子は成就を願っていますか?
 祭器や線香の香りは古くから受け継がれています。
 弟子は成仙したいですか?
 真に修め真に辦めて遅れないように。
 仏や聖人になりたいのなら、今すぐ始めるのだということをわかっていますか?

 行うのが難しいことを進んで行い、辦めるのが難しいことを極力引き受けるのです。
 弟子がしっかりと信じていさえすれば、師はあなたたちが難関を切り開いていくのを助けます。
 修辦は人のためではなく自分のためにするのです。自分を置き去りにするのはかわいそうすぎます。
 修辦は功のためでなく衆生のためにするのです。思いやりと寛大な心で、衆生に利をもたらします。
 誠意と真心に満ち、困難を辞さず全力で取り組みます。
 事が成るかどうかは人次第です。気力をもってやっていれば、いつか成就する日が来ます。
 いつも心の底に道を置き、遅れないように常に道を行います。
 常時心を修めて妄念をなくせば、いつでも心を安んじることができます。
 四六時中道から離れないこと。道は自分の両目で見るところにあります。
 聖賢が一日に三省したことに学んで、今までの行いを恥じ、悔い改めましょう。
 よいところは残して、足りないところを補って完全になるようにします。
 だらけたりたるんだりすることなく、戦々兢々として食事をとる時間も実践し続けるのです。

2019/05/19歲次己亥04/15
ジャカルタ・崇德佛院